May 31, 2016

最近の気になること

今週は平日の定時後に珍しく何もイベントが無い週ですが(笑)、時間的余裕があるので諸々のニュースを観ていて気になる事と疑問は、、、

・躾置き去り男児の捜索費用、いったい幾ら請求されるのだろう? もちろん、無事を祈るが
舛添都知事の家族は、今頃何を思っているんだろう? 真実を一番よく知っている筈
・舛添都知事の後任候補、他の都道府県の行政経験者以外にいないのだろうか?
消費税増税延期の安倍首相の理由が、滅茶苦茶なコジツケだと思うのは私だけ?
・10%だったら計算が簡単だったのに、何で最初からそうせず2段階にしたんだろう?

トランプ氏が次の大統領になったら、日米関係はどうなっちゃうのだろう?
エアバックリコール問題のタカタ社、経営破綻しないのだろうか?
燃費不正問題の三菱自動車、経営破綻しないのだろうか? たとえ日産が支援したとしても
スズキ自動車の燃費測定不正の件、その後さわがれていないが、追及はもう終わり?
東亜建設の羽田空港工事偽装での液状化対策、その後、どうなっているんだろう? 飛行機大丈夫かな

ホンハイ傘下になるシャープの社員、何人切られるのだろう?
男子バレーの石川選手や柳田選手は、天に"二物"を与えられていると思う
北朝鮮の弾道ミサイル発射失敗、いったい北朝鮮は何を目指しているんだろう? 他にする事あるでしょ
・日経平均株価は2万円台を回復するのだろうか? 私の含み損が、、、
・広島一人暮らしの息子から自炊料理の写真が日々送られてくるが、他にすることないのか?

他にも色々とありますが、余計なことを気にしなくても良いよう、イベントは適度にあった方が良いようです(汗)。なお、暫くサボっていたHuluでのアメリカドラマ観賞、再開しました。英語ヒアリングの勉強ですけどね。『アンダー・ザ・ドーム』『リベンジ』、結構はまります。


22:32:44 | tom | comments(0) | TrackBacks

May 30, 2016

わかりやすい出勤パターン

今日は朝から雨だったので、フレックスを行使して1時間遅く出社しました。これだと電車がいつもの満員通勤電車より混まないので、他の人が持っている傘が触れて濡れることも無く快適です! しかも、座れる確率も高いし。

なので、通勤時間帯が雨の日は、普段よりも1時間遅い10時出社が定番になっています(もちろん、10時前に会議等がある場合は除きますよ)。また、その他にも私の出社時間によって「今日は〇〇っすか?」て同僚に言われ、行動パターンを読まれている場合が多いのですが、大概当たっています(笑)。

その分かりやすい私の出社時間と行動パターンは、、、
・10時出社:雨の日(梅雨の時期は増える?!)
・9時出社:普段の日(飲み会の日も大概はこれに属すが)
・8時出社:神宮球場で野球観戦の日(過去に多数)
・7時半出社:東京ドームで野球観戦の日(過去に3回ほど)
・7時出社:QVCマリンフィールドで野球観戦の日(過去に1回だけ)
ある意味、権利と時間を有効に使っていると自負しています(笑)。

なお、10時出社だと18時30分まで退社は出来ませんが、今の時期だと日没時間がそれ以降なので、会社帰りに屋上のスカイデッキに上って日没前後の夕焼けを観るのには良い時間です。今日は天気の回復が遅くて終日曇天だったので、寄りませんでしたけどね。


22:02:23 | tom | comments(0) | TrackBacks

May 29, 2016

プロ野球 レプリカ・ユニフォーム

昨日のQVCマリンフィールドで行われた"千葉ロッテマリーンズ vs.福岡ソフトバンクホークス"の試合は、『BLACK BLACK CLASSIC』というイベントゲームでした。そのWEBに依ると、「16年前に『より強く、よりたくましく』をコンセプトに、黒を採用したビジターユニフォームが初めてマリーンズに登場し、以降、現在まで受け継がれる『ビジター = 黒』の歴史を紡いできた」のだそうです。今年で3シーズン目を迎える現在のビジターユニフォームは、当時から数えて5代目とのこと。

そして昨日は、2000年〜2004年シーズンに着用した初代ブラックユニフォームのレプリカが来場者全員に配布されるゲーム! 千葉ロッテマリーンズのオフィシャルサイトでその写真を見た時に、あまりにも渋くてカッコよかったので、同僚に休日出勤を日曜日に替わってもらい、運動を兼ねて自宅から約12km走って観戦して来ましたよ。今回は総勢4人で観戦しましたが、ブラックユニフォームでマリーンズファンと一体化出来ました!

さてさて、ユニフォームが配布されるイベントゲームを今年は昨年以上に積極的に観戦していますが、それ以外に自分が買ったのも含めると、今シーズンが始まってまだ2ヶ月程度なのに、手元には以下のようなレプリカユニフォームがある状況になっています。

スワローズCREW 2106バージョン ユニフォーム
2016 TOKYO燕パワーユニホーム(追加料金払って、山田哲人バージョンになってます)
・東京ドーム『アランチョ・ネロ』のオレンジTシャツ
・広島東洋カープ ビジター用の黒田のレプリカユニフォーム(神宮球場のショップで購入)
『INVINCIBLU TOKYO』で配布され、胸に”TOKYO"のロゴだけが入ったビジターユニホーム
・メルカリで買った、25年目の千葉ロッテマリーンズ ピンストライプ ユニフォーム
・昨日の千葉ロッテマリーンズ 初代ブラックユニフォーム

既にこんなにあるのに、今後の予定は、、、
橙魂2016レプリカオレンジユニフォーム
・QVCマリンフィールドの『マリンフェスタ』で配布されるスペシャルユニフォーム

人生半世紀を過ぎたのに、毎日野球に明け暮れた少年時代のような気持ちになっています(笑)。当時は球場で野球観戦なんて全くと言って良いほど出来なかったし、レプリカユニフォームも全然普及していませんでしたからね!


20:23:34 | tom | comments(0) | TrackBacks

May 28, 2016

本格四川料理:晴々飯店

金曜日は、秋葉原よりも東側に住んでいる同僚達による『秋葉原よりも東で飲む会』の第3回目の飲み会でしたが、会場は上野の本格四川料理屋『晴々飯店』でした。いや〜ぁ、噂通りの本格さで、どの料理も山椒が効いた本場の四川料理の辛さで美味しく、しかも、2時間飲み放題・食べ放題で3,980円という滅茶苦茶コストパフォーマンスが良いお店でした! 頼んでから料理が出てくるまでの速さも気持ち良かったです。

我々は『グランドメニュー全品+お勧め料理「リトル成都・宣言」のメニュー全15品』が選べる"食べ&飲み放題(B)コース"にしましたが、9人でたくさん頼んだその料理は以下の通りでした。

・前菜盛合せ(棒々鶏、細切り人参、胡瓜のニンニク辛味)
・プレミアム麻婆豆腐
・ピータン
・苗豆炒め
・空芯菜の炒め
・四川風鶏肉の唐辛子揚炒め
・四川風水餃子
・エリンギとアスパラと木耳炒め
・香酥スペアリブ
・リアル回鍋肉
・カニ炒飯

ジョッキで2杯飲んだ生ビールの後の紹興酒も、美味しい四川料理で思いっきり進んじゃいましたよ(笑)。

仕切りが良くてテキパキしている堀北真希似の看板娘?は、訪れた欧米系の人には流暢な英語で対応してたので驚きましたが、お店の人とは巻き舌の普通話(中国語)で対応していたので、北京など中国北部の出身ですかね。

そんなに便利な場所ではない裏通りに建って、決して綺麗でもお洒落でも無い小さな佇まいのお店ですが、欧米系の外人さんも訪れ、ほぼ満員で回転率もよく、是非また来たいお店でした!


23:05:00 | tom | comments(0) | TrackBacks

May 27, 2016

オバマ大統領 広島訪問

今日は日曜日の出勤に備えて代休でしたが、朝から結構な雨が降っていて昼過ぎまで天気が悪かったのと、オバマ大統領の広島訪問の中継をライブで観たかったので、終日自宅でノンビリしていました。なお、録り溜めてあった『カンブリア宮殿』の過去放送分を倍速で5本観ましたが、いすみ鉄道新江ノ島水族館に行きたくなりましたよ(笑)。

その時もメインのTVは点けっ放しで『G7伊勢志摩サミット』からの様子を伺っていましたが、2時半頃Air Force One中部国際空港セントレアを飛び立つのを観て、いよいよ歴史的瞬間が近づいてくるドキドキ感が高まってきました。一方で、夜7時から『秋葉原より東で飲む会』の定期飲み会が上野であり、遅くても6時には家を出なければならないので、オバマ大統領の演説を観れるか不安、、、

その後、米軍岩国基地での演説、基地を飛び立つオスプレイ大統領専用ヘリ『Marine One』、旧広島球場跡地にヘリで到着した安倍首相、オスプレイとMarine Oneが広島ヘリポートに着陸し大統領専用車『The Beast』に乗り換えるところまで全部目が釘付けでしたが、オバマさんがヘリポートに着いたのが17時過ぎだったので、「う〜ん、間に合わないかも、、、」。

5時25分に平和記念公園に到着し、平和記念資料館を視察し、5時38分に原爆死没者慰霊碑への献花、そして5時41分から演説が始まりました。約17分間、5時58分まででしたが、6時7分の電車に乗るのにギリギリセーフでした。オバマさんの感動的なスピーチの後の安倍さんのスピーチはつまらなそうな気がしたので(笑)、感動したまま出掛けられて良かったかもです。

情景描写が絶妙で、心に残った部分を備忘録としてオリジナル(英文)で記します。各社が訳文を出していますが、オバマさんの話し方を思い出せなくなりそうなので、あえて英文だけを。

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations.

In the span of a few years some 60 million people would die: men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity's core contradiction.

Science allows us to communicate across the seas, fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines. The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth.

Some day the voices of the Hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination, it allows us to change.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves.

We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell. That is why we come to Hiroshima.

So that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here 71 years ago. Those who died, they are like us.

The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.

That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.


23:56:00 | tom | comments(0) | TrackBacks